娘の発達歴(2歳〜3歳)

娘の発達歴

※こちらの発達過程は遠城寺式乳幼児分析的発達検査を参考にさせていただいております

※記載している月齢はうちの娘ではなく遠城寺式で目安とされている月齢です

この記事の目次


 2歳から3歳までの発達の様子

  • 運動について(移動運動/手の運動)
  • 社会性について(基本的習慣/対人関係)
  • 言語について(発語/言語理解)

 他の子供との差

 常に緊張していた外出時

  • 公園編
  • 買い物編
  • 児童館

 始まったプレ幼稚園

 こどもちゃれんじを始めてみる

 療育との出会い

  • 療育に行くまで
  • 発達相談会にて
  • 実際に見学してみると

 メンタル安定剤だったSNS

 まとめ


2歳から3歳までの発達の様子

辛かったです。

2歳から3歳は楽しいこともきっとあったと思うんですが、毎日の辛さの解像度が高すぎてあまり思い出せないくらい目まぐるしくてしんどかった記憶しかないです・・・。

この時期の子供は言葉の成長が著しかったりいろいろな物への興味が沢山出てくる時です。

一緒にお話ができるようになったり、意思疎通が上手になって楽しみを共有することが増える時期らしいのですが、うちは2歳後半まで発語も少なかったですしまだまだ娘の考えていることが全然わかってあげられないくらい意思疎通もできていませんでした。

しかもそうしている間に周りの子供たちはぐんぐんコミュニケーション上手になったり、トイトレも進んでいたり児童館ではおとなしくママと楽しく遊んでいたりして、どんどん差が広がっていくのを感じていました。

ただ、その一方でプレ幼稚園や療育、SNSなど今までよりも自分や娘の世界を広げることができたのは大きな収穫だと思っています。この時に色々動いていて本〜〜〜〜〜当に良かったと今は思っています。



運動について(移動運動/手の運動)

移動運動

  • 2歳0ヶ月〜2歳3ヶ月:両足でぴょんぴょん飛ぶ→✖️
  • 2歳3ヶ月〜2歳6ヶ月:足を交互に出して階段を登る→○
  • 2歳6ヶ月〜2歳9ヶ月:立ったままでくるっと回る→✖️
  • 2歳9ヶ月〜3歳0ヶ月:片足で2〜3秒立つ→✖️

移動運動に関しても遅れが出てき始めました。

足を交互に出して階段を登ることに関しては、「移動」の手段なので手を繋ぎながら登ったりしている中で自然とできるようになっていました。

ただ、ジャンプや立ったまま回る、片足で立つなどの「遊び」に近い行為は苦手のようでした。

また、歩く際の内股は段々治ってきましたがつま先歩きや室内でくるくる回るなどの行為が見られるようになって来ます。

それに関しても調べたところ、発達障害の可能性があるかも?のような記事や情報がいろいろ出てきました。※年齢などにより定型のお子さんでもする事があります

室内で楽しそうにくるくる回る姿はバレリーナのようで、それまではとても可愛く見えていたのですが、それからは娘の仕草一つ一つを見る際に「これは定型の子もすること?」と不安になり、とても複雑な気持ちが湧き起こるようになってしまいました。


手の運動

  • 2歳0ヶ月〜2歳3ヶ月:鉄棒などで両手にぶら下がる→✖️
  • 2歳3ヶ月〜2歳6ヶ月:真似て直線を引く→✖️
  • 2歳6ヶ月〜2歳9ヶ月:真似て◯を描く→✖️
  • 2歳9ヶ月〜3歳0ヶ月:ハサミを使って紙を切る→✖️


公園などに行っても娘は走り回るか側溝に石や葉っぱを落とすだけだったので、鉄棒など見向きもしませんでした。

直線や○に関してもこの時期は描けてはいません。紙とクレヨンを渡してお手本を書いてあげますが、お手本は無視してクレヨンを紙にぶつける感じで点描をしてました。笑

クレヨンやハサミに自発的に興味を持ち始めたのは2歳後半でした。

これは後述する療育やプレ幼稚園の影響かと思います。円は描けませんがぐるぐる殴り書きをしていました。ハサミは初めメラミン製のハサミを渡していましたがうまく切れないためすぐに飽きてしまうため、もう少し上手になったら子供用のしっかり切れるハサミを検討しようかな・・と思った時期です。

また、歩いたり走ったりする時の手はぎゅっと握らず、手首からぶら〜んと垂れ下がったりひらひらとさせる状態が出てきたのも気になり始めました。




社会性について(基本的習慣/対人関係)

基本的習慣

  • 2歳0ヶ月〜2歳3ヶ月:一人でパンツを脱ぐ→✖️
  • 2歳3ヶ月〜2歳6ヶ月:こぼさないで一人で食べる→△
  • 2歳6ヶ月〜2歳9ヶ月:靴を一人で履く→✖️
  • 2歳9ヶ月〜3歳0ヶ月:上着を自分で脱ぐ→✖️

一人でお着替えは夢のまた夢でした。涙

ちょうどこれくらいの時期にトイトレを始めていますが、尿意の報告や濡れた時の不快感の報告などもなかった為、着替えをする機会も朝と夜くらいでその際も私にされるがまま〜無関心〜どうぞ勝手にお願いします的な感じで毎日着替えさせていました。笑

→トイトレの記事はこちら

2歳7ヶ月頃にプレ幼稚園に入園することになるのですが、そのお陰で靴を脱ぐことだけは同時期にできるようになりました。

基本的にご飯はシリコンスタイとエプロンフル装備で食べさせていました。スプーン食べができるようになったのは2歳3ヶ月ですが、まだしっかり手が握れていないためこぼす時もあればこぼさないで食べられる時もあるといった感じでした。

まだまだ体も軽く扱いやすいので着替えや靴の脱ぎ履きも簡単でしたが、「お着替えを自分でできる日は来るのか・・・?」と疑問に思いながら、自分が小さい頃に見ていた『おかあさんといっしょ』の着替えコーナーを思い出して「あんな風にできる気がしない・・・」と思っていました。



対人関係

  • 2歳0ヶ月〜2歳3ヶ月:電話ごっこをする→✖️
  • 2歳3ヶ月〜2歳6ヶ月:友達と喧嘩すると言いつけにくる→✖️
  • 2歳6ヶ月〜2歳9ヶ月:年下の子供の世話を焼きたがる→✖️
  • 2歳9ヶ月〜3歳0ヶ月:ままごとで役を演じる事ができる→△

電話ごっこも、喧嘩も、年下の子のお世話も全て自分以外の人間と関わらなければできないことですが、2歳初めはバイバイすらやってくれなかったので電話ごっこなんて未知すぎる・・・!

自分の世界に入り込むというか、他の子供はおろか私のことすらも目に入っていないんじゃ??と思うようなそぶりをよくされました。朝起きた時に「おはよう!」と声をかけても「本当に誰もいない」ような顔をしてドアを開けてリビングの方に行ってしまうのです。

毎朝「つれ〜〜〜」と思いながら起きてました。笑

朝起きたらニコニコで喋れるようになって「ママおはよう」って笑顔で言ってくれる日を想像しながら眠りについてましたが、ことごとく無視されてはじまる朝は目覚めからガックリしてしまいます。

ままごとに関しては、療育に行き始めて他のお子さんや先生とおもちゃで遊んでいるうちに、先生から食べ物のおもちゃを渡されてパクッと食べるフリをしてからほっぺに手を当てる(美味しいの意味)と言う行為はできるようになっていました!

発語は相変わらず無いのですがそんな意思表示ができるだけでめちゃめちゃ嬉しかったです。





◉言語について(発語/言語理解)

発語

  • 2歳0ヶ月〜2歳3ヶ月:きれいね、美味しいね、などの表現ができる→✖️
  • 2歳3ヶ月〜2歳6ヶ月:自分の姓名を言う→✖️
  • 2歳6ヶ月〜2歳9ヶ月:2数詞の復唱(2/3)→✖️
  • 2歳9ヶ月〜3歳0ヶ月:二語文の復唱(2/3)→✖️

娘が意味のある言葉を喋ったのは2歳7ヶ月の「あお(青)」です。ちなみに「ママ」が出たのはそれからずーっとずーっと先でした。

「きれい」「美味しい」などの形容詞的な気持ちはもしかしたら当時の娘も持っていたのかもしれないのですが言葉として聞くことは叶いませんでした。

ちなみにこの頃は喃語と奇声の中間のような声をよく出していたため、公園などで遊んでいても声にびっくりされたり周りからどう見られてるのか気になってしまい、気軽にお外遊びに行けなくなってしまいました。

二語文に関しては、初めて出たのが2歳11ヶ月の「パパおいで」でした。

ママじゃないんかい!!

と思いましたが初めての二語文が他人との関わりを表しているもので少し驚いた記憶があります。ちょうどクリスマスの次の日だったので少し遅いクリスマスプレゼントだ〜と喜んでいました。

発語に関しては1番悩んでいたことだったので、「一粒で発語と発達が1年進む薬ないかな」「1語を100円で買えるガチャガチャ無いかな」と現実逃避することでなんとか正気を保っていた感があります笑

※無発語から会話ができるまでの過程の記事はこちらからどうぞ。


言語理解

  • 2歳0ヶ月〜2歳3ヶ月:鼻、髪、歯、舌、へそ、爪を指示する(4/6 )→✖️
  • 2歳3ヶ月〜2歳6ヶ月:大きい、小さいがわかる→✖️
  • 2歳6ヶ月〜2歳9ヶ月:長い、短いがわかる→✖️
  • 2歳9ヶ月〜3歳0ヶ月:赤、青、黄、緑がわかる(4/4)→○

     

2歳代の娘は模倣も苦手でした。

たまにYouTubeなのでアンパンマンと一緒に踊ろう!!的な動画を流して「あたま〜肩ひざつまさ〜き〜」などとタッチするダンスもなんとなく眺めているだけでやろうとせず、体の場所についても理解してるかも?と思えたのは2歳6ヶ月の時の「ほっぺ」と「手」だけでした。

大小や長短に関しても、これが大きくてこれが小さいだよ。と大きさの違うものを並べたり体全体で表現(指先で小さい丸を作る、体全体で大きく丸を作る)してみても理解してくれているかどうかは謎でした。

2歳後半からの色の表現については、『こどもちゃれんじ』『療育』を既に始めていたこともあり、理解しているようでした。なぜ理解しているのかがわかったかと言うと、2歳7ヶ月からついに応答の指差しができるようになったからです!!


※指差しには段階があります。
叙述の指さし(12ヶ月ごろ)→子供自身が見つけたものなどを周りの人に共有したい気持ちから生まれる指差し。共感の指差しとも言われます。「あ!」など発声付きせ知らせてくれることが多いようです。

要求の指さし(1歳2ヶ月ごろ)→自分の欲しいものや行きたい場所(方向)など、要求を伝えるために使う指差しです。

応答の指さし(1歳6ヶ月ごろ)→親や周囲の人から質問されたものに答える形で行う指差しです。自分と相手とのコミュニケーションが成立すると出てくる行動で、指差し行動の完成形となります。

EX:「(絵本を見て)ゾウさんどれ?」「ママのお口どこ?」などに指差しで答えるもの。


娘は指差しも遅く、2歳4ヶ月頃に陳述の指差しをごくまれに行う程度で、要求の指差しが出ないまま応答の指差しに入りました。(本当に要求行動が少ない子供でした)

2歳7ヶ月に応答の指さしができることを知ったのは、こどもちゃれんじのお風呂ポスターで、色の名称や簡単なものの名前などを正しく指で指すことができたからです。(指差しについても別の記事で詳しく書こうと思います)

え!!わかるの!わかってたの!?」とお風呂場で大声で叫んでしまいました。笑

それと同時に、この子は表現の仕方がわからなかっただけで、本当はもっと色々なことを考えたり理解しているのかもしれない。私が無知で、この子は何もできないと思って色々なことを試さずにセーブしてきたからうまく表現できなかったのかもしれない・・・と反省できた日でもありました。



他の子供との差

そんなに周りと比べたってしょうがないよ、娘は娘なんだから」

私が発達の不安を口にすると、よく家族に言われた言葉でした。

私もそう思います。できることなら娘だけ見て、娘のいいところだけ見ていたい。でも生活をしていく中でずっと家の中に引きこもるわけには行かないから外出はするし、そしたらどうしたって周りの子の様子が見えてしまうわけです。

まだよちよち歩きでママと一緒にベビーカーを押している子や、娘より小さいのに前をしっかり見ながらパパの後ろをついていける子。娘と同じくらいに見えるのに年下の妹や弟を自分なりにあやして可愛がっている子・・・。

発達が遅れている子なんてこの街にはうちの子だけなんじゃないか?と錯覚してしまう程街中でみる子供たちがしっかりして見えました。

そして


「娘は手を繋いでくれたこと無いなぁ」

「娘は危ないから後ろなんて歩かせられない」

「娘は私に話しかけてくれたことも無いや」

と、周りの子を見てから自分の娘と比較して落ち込む・・・という負のループにはまり込んでしまっていました。

たまに近くの保育園で、お迎え時にママやパパと楽しくおしゃべりをしている子供たちを見かけては「私と娘には、もしかしたらあんな未来は来ないのかもしれないなぁ」と何度も思いました。

比較する対象がいるのは、自分や娘の立ち位置がわかりやすいし足りない部分も見えやすく改善のためにはいいと思うのですが、生活の中で外に出るたび毎日毎日繰り返されていた状態は本当に辛くしんどかったです。

私自身がHSP気質があるため余計に気にし過ぎてしまったのもあると思います。

HSP→生まれ持った特性のことで、周囲からの刺激や物事に人より敏感に反応してしまう人々を指します。周りからの視線がとても気になったり、他人から見て小さなことでも頭から離れなくなってしまったり、軽く言われたことを重く受け止め考え過ぎてしまったりします。

私は特に「他人からどう見られているんだろう」という気持ちが強かったため、外出時に娘の奇声や特性などで注目されてしまうのがとてもストレスに感じていました。




常に緊張していた外出時


お出かけしんどいですよね・・・・。もうため息が出るほどに。

2歳から3歳の娘は基本ベビーカーで移動していましたが、2歳半からは乗る時に嫌がり足で地面に踏ん張り抵抗するようになりました。

うちは車を持っていないので、遠くの公園やスーパーは子乗せ自転車、近場の公園はベビーカー、電車移動や病院は抱っこひも・・・と使い分けながら移動をしていました。

外出する時はおむつや着替え、飲み物などはもちろんのこと、癇癪した時用に絵本やおもちゃ、おやつなどを持っていったり・・・小さい子供連れで出かける時は色々な準備が必要になります。

加えてうちは、

「空いてる時間帯か?」

「同年代の子供はいないか?」

「少し上のお兄さんお姉さんはいないか?」

「水道は混んでいないか?」

「池や川はないか?」

「保育園児の外遊びの時間と被ってないか?」

「機嫌は悪くないか?」

「例のおやつ(決まったやつ)」は切らしてないか?」

などなど平日の公園に行くだけでもめちゃくちゃいろんなことを考えながら準備していました。



公園編

とにかく「誰もいませんように」と祈りながら毎回外出していました。笑

本当は「同じくらいの子供がいたらお友達になれるかもね〜」位の心持ちで行きたいのですが、この時期の娘は「物(おもちゃや水)」には興味があるけど人は一切眼中にない状態でした。

なので誰か公園にいておもちゃで遊んでいると「おもちゃしか目に入らない+持ち主とか考えない」ため他の子が遊んでいるおもちゃを取りに行ってしまうのです。(お兄さんたちがサッカーしてる転がってるボールとかも追いかけに行ってしまいます)

もちろん「かして」なんて言えませんし「ありがとう」も言えません。

少し相手が大きいお子さんの時は「いいよ」と貸してくれるのですがそれに対し何も言わずむしり取るので毎回私が「すみません、まだお話上手じゃなくて・・ありがとうございます」と親御さんやお子さんにお礼を言っていました。

ちなみに娘は身長が高い方なので、2歳代でも3歳に見られることも多く、それも私が勝手に気になってしまった部分でした。「こんなに大きいのにお喋りできないって変に思われてるよね・・・ありがとうも言えなくてごめんなさい・・・」と毎回思っていました。

そしておもちゃに飽きるとその辺にぽいっと投げて走り去ってしまいます。私は走り去る娘を追いかけながら「投げてごめんね!貸してくれてありがとうー!!」と相手の子にお礼を言いながらダッシュしていました。

たまにお喋り上手な子がおもちゃを貸してくれた時に「ぼくは砂でおやまつくるのがすきなの!」など話しかけてくれたりするんですが、娘はガン無視でおもちゃを触ったり砂にぶつけたりしてて、相手の子が「なんでしゃべんないの?」と聞いてくることもあり毎回心を抉られていました。

お喋りしないだけならまだいいのですが、この時期は喃語と奇声しか出ていなかった時期だったので、「あう!あわー!!」などと言いながら走っている娘を見て、小学生位の子から「え?」と好奇の眼差しで見られたり、何度か公園で見かける同じくらいの女の子が娘を見て「おもちゃ取られないようにしないと」と言っているのが聞こえたりすることもありました。

娘はやっぱり他の子から見ても普通ではないのか、迷惑をかける存在だと思われてしまうのか、これからもずっとそうなのかな・・・?とよくない考えがずっとぐるぐるループしてしまい、公園から帰ってくるとメンタル的にぐったりで、ますます落ち込んでしまうことが多くありました。



買い物編

スーパーや電車に乗るときは基本抱っこ紐で行きます。

抱っこ紐に乗っているときは割とおとなしいですし、あれが欲しいこれが欲しいなども言わない(言えない)ので割とスムーズに買い物ができました。

ただ娘を抱っこしているとそれだけで重いのでたくさんの買い物はできず、ネットスーパーに頼る時も多くありました。

買い物に関しては私の気分転換や本当に欲しいものだけをささっと買うためだけに一緒に連れて行くような感じでした。むしろ歩いているうちに寝てしまうこともあったので抱っこ紐は3歳過ぎても使っていました。

重くて体は大変だったけどメンタルが荒らされないのが救いでした・・・!



児童館編

児童館は娘が2歳5ヶ月の時に初めて行きました。

近くにあるのは知っていたものの、たくさんの子供がいる場所に行く勇気がなくてずっと行けていませんでした。

娘も初めて行く場所は興味が湧くようで、おもちゃがたくさんの児童館に着いたときは目をキラキラさせて早く入りたい入りたいと前のめりでした。

入室する前に初めての人は個人情報を記入したり手を洗ったりしなければいけないのですが、娘はそれをする前に強行突破で走って入っていってしまいました。

職員さんに「すみませんまだ記入してないです」とお伝えすると、そのまま娘は見てるから記入お願いしますと言ってくださり、私は手続きを済ませて急いで入館しました。すると・・・

館内を端から端まで走り回っている娘が目に飛び込んできました。

かなり興奮している様子で、同じ場所を何回も行ったり来たりで走っています。私も追いかけるのですが早すぎで捕まりませんしお話も聞いてくれません。

その日は乳児イベントがあったようで、床(クッション)に寝ている赤ちゃんがたくさんいましたが、それも目に入らないようで寝ている赤ちゃんのそばスレスレを娘が駆け抜けていきます。(一応そばにママさんはいますが、さすがに赤ちゃんのそばを走られるとは思わず抱っこなどはしていない様子)

危ないからやめて!!と叫びながら追いかけていると、他の子が使っている車のおもちゃが目に入ったようでピタッと止まりました。

もちろん「かして」や「いれて」などは言わないままその車のおもちゃを取りにいきます。

まずいと思い「他にもおもちゃたくさんあるから違うので遊ぼうね!」と車を奪う前に抱っこで回避。でもそれがいいと娘は泣き喚きます。

それを見ていた相手のママさんが車を貸してくれて、相手の男の子も一緒に遊ぼう?と言ってくれました。

申し訳なさと疲労感で気持ちがぐしゃぐしゃになりながら「・・・よかったね、貸してくれるって。ありがとうは?」と絞り出しましたが娘は少し遊んだら車もぽい。

別のおもちゃ箱まで走っていき、レゴブロックの入っている箱をひっくり返しました。

ガシャガシャガシャーー!!!と大きな音がして近くの親子が一斉にこちらを振り向きました。

帰りたい

その瞬間、児童館に来たことを激しく後悔しました。

公園よりもおもちゃが沢山あって、もしかしたら大人しく遊べるかもしれない。

いい刺激になるかもしれない。

娘みたいにお喋りできないお子さんがいたら友達になれるかもしれない。

何か変わるかもしれない。

そんな淡い期待はまたしても打ち砕かれ、それからその児童館にはいけなくなってしまいました。

娘は公共の場所に遊びに行くのはハードルが高すぎるのかな・・・。と肩を落として帰路につくのでした・・・。



始まったプレ幼稚園

前回の1歳から2歳の発達歴の記事にも少し書きましたが、2歳前でプレ幼稚園の存在を知った私。

「いいかも」と思っていた近くの幼稚園もプレの募集をかけていたので、行ってみようかな?と思い始めます。

迷惑をかけたり変な目で見られたりしないかな・・・と不安ではありましたが、娘の成長に少しでもつながればいいな、という思いもあり幼稚園に申し込みの電話をすることに。

電話をする際には「お喋りが上手じゃなくて、まだほとんど話せないです」の旨を伝えましたが問題なく、まずは見学に来てみませんか?と言ってくれました。

見学の時期は娘が2歳3ヶ月の時でした。

そこまで遠くない距離ですが、抱っこ紐で行っていいものか迷ったためタクシーで行きました。(まだ手を繋いで歩けないので)

園の職員さんが「おはようございます。娘ちゃんおはよう!来てくれてありがとう!」と娘に声をかけてくれますが娘はガン無視。

園庭に来た瞬間遊具で遊びたい!と遊具の方に走っていこうとします。

「ちょっと待って!ママ先生のお話も聞きたいんだ!」と言いながら抱っこするとのけぞってすり抜けようとします。

失敗した〜〜〜〜抱っこ紐でくるべきだった〜〜〜〜〜(吹き出る汗)

暴れる娘をなんとか制して遊具から離します。職員さんが園庭の様子や園舎の説明をしてくれますが娘がギャーギャー言うのでほとんど聞けていません。

園庭の説明が終わり、次は園舎に入りましょう!と職員さんが言います。

「娘ちゃん!先生が案内してあげるからあっちいこうか!」と声をかけたり「ねえねえ」と肩を叩いて気をひこうとしてくれますが娘は遊具しか見えておらずあっちに行きたいと泣くばかりです。

うわ〜〜〜〜〜これはプレ断られるかも〜〜〜〜〜〜(引きつる笑顔)

冷や汗をかきながら職員さんの説明に対して生返事をテキトーに返す私。(余裕がない)

あまりにも遊具に行きたがるので「少し遊びますか?」と言われましたが「多分帰りたがらなくなってしまうので・・・」と丁重にお断り。暴れる娘を抱えながら園内を色々見せていただき、最後に職員室で事務手続きの話をするので来てくださいと言われます。

先生方が沢山いる室内に行くのか・・・と内心ビビりますが、職員室に入った瞬間にあらかじめ買っておいたシールブックを娘に渡してそのまま椅子に座りながら抱っこし、なんとか話を聞ける状態に。

プレの月謝や空きがあるクラスの説明を受け、「●●クラスだったら空いているので入れますよ!」と言われます。

あ・・・入れるんだ・・・。

その場でお断りされなかったため少し安堵しますが、発語や他のお子さんに興味が無い点に加え、今日の見学の様子を見ていても集団生活への不安はかなりありました。

結局その日即決はせず、発達に遅れがある点を伝えた上で数ヶ月様子を見て、集団生活できそうであれば改めてプレを申し込む。という考えに落ち着きました。

ただ、発達具合によってはプレ入園できたとしても本入園は難しい場合がある。ともお伝えされていたのでそれはもうそれでしょうがない!!と腹を括り、結果2歳7ヶ月でプレ幼稚園に入園しました。

プレ幼稚園に入園する2ヶ月ほど前から療育がスタートしていたため、プレが始まる頃には見学時よりは落ち着いた行動ができるようになり、お友達のこともすこーしずつわかってきて一緒に遊べる(雰囲気)ようになりました。(雰囲気)

プレの中ではうちの娘が1番月齢が低くてみんなお姉さんお兄さんだったのですが、子供同士なのに既に「下の子の面倒を見たがる」ようなお姉さんもいて、定型の成長って本当にすごいな・・・と日々思っていました。

ただやはりプレに行く前は毎回緊張

迷惑かけないかな」

「叩いたりしないかな」

「絵本破かないかな」

などとぐるぐる考えながら行っていました。

Twitterにも「プレ幼稚園の間だけ感情を無くすAIになりたい」と愚痴って心の平静を保っていました。笑

色々と(勝手に)気を使いまくって疲れた日々でしたが、このプレで「床に座る」「音楽に合わせてダンス」「ハサミを使う」など色々な新しい取り組みができ、娘はリトミックが好きなんだ!一つのテーブルにみんなで座れるようになったんだ!などと発見も多かったので行ってよかったと思っています。



こどもちゃれんじを始めてみる

こどもちゃれんじは実年齢より下の年齢のものも選べることを知っていますか?

実はそうなんです!うちの娘は2歳4ヶ月頃に1年遅れのこどもちゃれんじぷち(1、2歳向け)に入会しました。入会してみてどうだったかというと、

めちゃくちゃよかったです!!

なぜかって言うとこどもちゃれんじをきっかけにできたことは沢山あるのですが、中でも「応答の指差し」「キャラクターへの興味」「課題クリア時の拍手」が出るようになったことが本当に嬉しくて!!しまじろう様に足を向けて寝られません・・・・!!

また、トイトレの記事でも書いたのですが、トイレトレーニング用の音絵本「お喋りトイレちゃん」やご褒美シールのセットも、トイレへの抵抗感を無くすためにかなり使わせていただきました。

あとはおもちゃやワーク、絵本の他にも「しまじろうアプリ」と言う無料のアプリと連動していて、そのゲーム内で神経衰弱やパズルなどができるようになったり、音に合わせて手拍子をしたり野菜を育てるゲームで指先を鍛えたり・・・と、しまじろうアプリを始めてから娘が色々な表情を見せてくれるようになり、「こんなことができるんだね!」と私自身びっくりすることも沢山ありました。

結局こどもちゃれんじは年中さんになる前の4歳2ヶ月頃までは1年遅れで受講していましたが、年中さんになってからはついていけそうだなと思ったので、4歳3ヶ月頃からは同じ年代のもの(4、5歳対象:すてっぷ)に変更し、継続して受講しています。

こどもちゃれんじとしまじろう様には大分救われた点が多いので、これからも長いお付き合いができればなと思います。

こんな風に労ってくれることもあります。



療育との出会い

娘が療育に行き始めたのは2歳5ヶ月の頃でした。

「もし療育に行ってなかったら?どうなっていたんだろう?」とゾッとしてしまうほど療育にはお世話になっています。


療育→障害のある子供や発達に遅れがある子供を対象にしたもので、自立した生活を送れるように発達を促したり支援する取り組みのことです。児童発達支援とも言います。

療育の目的は子供を定型にするためのものではなく、子供の特性や障害を早めに気づかせてくれたり、困りごとにうまく対処ができる術を教えてくれたり、取り組みやすい課題を与えることで自信や自己肯定感を高めてくれるようなものです。

療育はもちろん娘の発達を促すために行っているのですが、家族以外の大人の方に育児の話を聞いてもらえたり、「療育の1〜2時間だけは私が頑張らなくてもいいんだ・・・」と思える場所を提供してもらえたことは本当にありがたかったです。なかったら本当にどうなってたかわかんないです。笑


療育に行くまで

私が療育を知ったのは娘が2歳になったばかりの頃でした。

発達障害で検索すると、検索欄に「発達障害 療育」などと出てきます。療育をすればこの子は変わるのか?生きやすくなるのかな?と思いながら色々調べてはいましたが、家族に療育のことを相談すると、

まだ2歳なのにそんな決めつけなくてもいいんじゃない?」

と言われ、自分一人で決断するわけにもいかないのでどうしようか悩んでいました。

そこで私は、かかりつけの小児科に予防接種を受けに行く際に発達の相談も一緒にすることにしました。

簡単な問診をしてもらった結果、言葉の理解度は1歳3ヶ月程度と言われました。(当時2歳4ヶ月)

そして先生からは「区役所の発達相談に電話した方がいいです」と・・・。

1年以上も遅れていると言う現実を突きつけられて正直頭がキューンとなりました。

単に言葉の理解が1年遅れなら、5歳になったら4歳の知能?10歳になったら9歳の知能?そんな単純なことじゃ無いよな、一生喋れないこととかもあるのかな・・・・。と気持ちがどんよりと暗くなっていくのを感じました。

その日の夕方、娘はカラフルなブロックを縦に高く積み上げる遊びをしていました。(自発的におもちゃを使った遊びはそれくらいしかできませんでした)娘は自分の身長よりブロックが高くなると私の手をクレーンにしてブロックを積ませようとしてきます。

発達の遅れを指摘された私は一緒に遊ぶ気になれず、複雑な思いを噛み締めながら涙をこぼしていました。それでも娘はクレーンで手を取ろうとしてきます。何回も何回も。

「ごめんね、ママそんな気分じゃ無いんだよ・・・」と言いながら手を引っ込めても気にせずクレーンで引っ張ってきます。娘もイライラしてきたのか引っ張る力が強くなります。

自分の母親がこんなに泣いているにも関わらず、君はブロックしか見えてないんだね・・と悲しくて悔しい気持ちになり、娘の手を振り解いて

「嫌だって言ってるでしょ!!手伝って欲しいなら手伝ってって言いなさい!!」

と怒鳴りつけてしまいました。

娘は転がっていったブロックを見た後、何事も無かったかのようにまた積み上げようとしていました。

その様子を見て、怒鳴ってしまった罪悪感や虚しさが込み上げてくるのと同時に、「絶対にこのままじゃいけない・・・」と思いました。

その日のうちに、小児科の先生から言われたことや今日の出来事を家族に相談し、そのまま区役所の発達相談会に参加することになります。


発達相談会にて

区役所の発達相談会は、娘のように発語が無かったり癇癪が強いなど、発達不安があるお子さんばかりが集まって簡単なゲームをしたりお話をしたり、職員さんと遊んだり・・・のようなものでした。

「みんな喋らないならちょっと気が楽だな」

と思いながら不安半分楽しみ半分で区役所に向かいました。

区役所では広い会場の中にさまざまな手作りおもちゃが置かれており、子供たちもみんな楽しそうに遊んでいます。娘はというと、箱とペットボトルの蓋で作られたポットン落としに一目散に向かっていき、楽しそうに遊んでいます。

15分ほど自由遊びをした後に、職員さんが「じゃあ自由遊びは終わりにしてみんなで体を動かしましょう!」と言い、出ていたおもちゃを片付けていきます。

しかし娘はポットン落としがかなり気に入ったようで、職員さんに返しません。私や職員さんが色々と声をかけるも娘はガン無視で遊び続けます。

次に進められないので職員さんが「ごめんね〜」と行って娘からポットン落としをさっと取り上げました。すると案の定娘は泣き喚いてしまい抱っこも拒否、ゴロゴロ床に転がる、他の子のおもちゃを取る、など癇癪のオンパレード。

娘からしたら「今やっている楽しいことを気が済むまでやりたいのに、なんで辞めなきゃいけないの?なんで抱っこされなきゃいけないの?」と言う感じでものすごくストレスを感じているように見えました。

結局相談会の中の1時間はずっと泣き続け、プログラム進行の指示は何一つ聞けない状態で終わりました。10数名いた子供たちの中でうちの娘が1番何もできていなかったです。

こんな風に「もしかしたら今日はいつもよりできるかもしれない」と淡い期待を抱きながら物事に取り組むと、ことごとく打ちのめされて帰る場面が多く、より一層「やっぱり他の子とは違うんだ」と言う思いを強くさせました。

相談会の帰りの電車は涙を堪えるのに必死で、娘が泣き疲れて寝てくれたのがせめてもの救いでした。

帰宅後相談会の様子を包み隠さず家族にも伝え、そのあと早速区役所に療育の申請と、気になる児童発達支援所の見学に行くことにしました。


実際に見学してみると

私が娘に通わせていた療育は1対1の個別レッスン、少人数制の集団レッスン、運動療育の3種類で、多いときは週4日通わせていました。(現在は週3)

初めて一つ目の児童発達支援所に見学をした時は、ちょうど娘より大きめの4歳くらいのお子さんが運動広場で泣いて癇癪を起こしていました。先生たちは怒ったり強引に抱っこしたりせず、その様子を「うん、うん、大丈夫だよ」と言いながら優しく見守っている様子で、それを見てなんだかとてもホッとしたのを覚えています。

その後施設長さんと雑談を交えながら育児の話をしている時に、

「もし子供が部屋から出たくてドアを蹴ったらお母さんはなんて声をかけますか?」

と言われ

「ドアは蹴るんじゃなくて開けるんだよ、ですかね?」

と答えたところ、


「もちろんそうですよね、でもうちの療育では蹴ってるお子さんに『部屋から出たかったことを教えてくれてありがとう』と言う声がけから始めます。」

「子供がやっている行動は一見意味がなさそうだったり攻撃的でも必ず意味がある。子供が出しているメッセージが上手じゃなくてもそれを表現してくれたことをまず認めて上げるのがとても大事だと思っています。

「それを僕たちのような大人が汲み取って、「こう言うことを伝えたかったんだよね」と代弁してあげることで、子供は自分の持っていたモヤモヤした気持ちや感情に気づくことができるんです。」

と言われ、癇癪してもそれを認める?ありがとうを伝えるの??そんなことあまり考えたことがなかった・・・。と不思議な気持ちになりました。

私が通っていた施設の施設長さんは、どちらかというと見た目がイケイケで今風な感じなのですが、子供の発達や療育に関しての知識量はものすごくて、何か質問したい時に書籍やネットなどでめちゃめちゃ調べまくって情報を叩き込んでから質問しても、私が知らない専門的な情報をその都度4個も5個もくれるような先生でした。

その児童発達支援所のレッスン内容は、座ってお歌から始まり、おもちゃで遊んだりカードを読んだり少し運動をしたりしてあっという間の1時間。でも娘はおもちゃやカードに興味津々で、何が書いてるか全然読めないカードを食い入るように見たり、カラフルなおもちゃを先生と一緒に触って楽しんでいる様子でした。

外から見ている娘の様子は家でブロック遊びをしている時よりもなんだかイキイキと見えて、

「今までこう言う遊びがしたかったのかな・・・」

「ここに通ったら娘が私に伝えたかったことをわかってあげられるようになるかもしれない」

と思いました。

そのレッスン内容や施設長さんの知識量に惹かれたこともあり、その施設でお世話になることに決め、娘と私の療育生活がスタートしました。

その他にもトイレトレーニングや着替え、靴の脱ぎ履きや電車でのお出かけなど生活に関する動作や社会のマナーやルールを教えてくれる施設や、体を動かして体幹を鍛えたり感覚統合を支援するプログラムの運動療育に通ったこともありました。(療育についても別の記事で書く予定です)

療育は行けるようになるまでの事務手続きや施設探しなどが大変な場合もありますし、施設によって当たり外れはありますが、自分やお子さんに無理のない状況で行きたい施設があるのであれば、見学するなり何かアクションをして見た方がいいと思います!私はすごくおすすめします!!




メンタル安定剤だったSNS

お家の中では娘の特性に苦戦しながら育児をし、外出先では他の子供の発達の眩しさにメンタルをやられてもうこの時期は毎朝ため息をつきながら目覚めていました。(良くないですね)

元々SNSには疎い私でしたが、発達障害についてネットで調べるよりも「もしかしたらTwitterなら私みたいに発達に悩んでいる人たちの生の声がたくさん聞けるんじゃ?」と思い使ってみることにしました。

ちなみに私の名前は「ノイママ」ですが、これはTwitterでアカウントを作る際に登録した名前で「ノイローゼになりそうなママ」から取りました。笑

そこから始まったTwitterライフ。

もう神。神すぎる。どれだけ私のメンタルが救われたことか。

まず驚いたのは、発達障害や発達の遅れで悩んでいる方達の多さでした。

自分の街では本当に娘だけじゃないかと思うくらい発達が遅れてそうな同年代のお子さんを見たことがなく、私と同じような気持ちの人なんていなさそうだし、誰に相談してもわかってもらえない・・と塞ぎ込んでばかりでした。

でもTwitter上ではさすが登録者数の分母の多さ!

私と同じように発語や癇癪に悩んでいるパパママさんもいれば偏食や睡眠に対して悩んでいるパパママさんもいて、「わーーーものすごくわかる!初めて育児の共感ができる!!みんな同じようなことで悩んでるけど毎日頑張っているんだな・・・」と嬉しくなり心の中で勝手にエールを送ったり

育児の中での試行錯誤されてる様子の動画や漫画を参考にして自分の育児に取り入れてみたり

それでも日々うまく行かなくて愚痴った時には温かく励ましてくださる方もいて気持ちがほぐれたり

今まではすごく狭い世界の中で育児をしていたんだなーと気付かされることばかりでした。本当に感謝感謝の日々でした。

私もSNSを通じて、同じような発達で悩んでいる方に「2歳はこんな感じだったけど4歳になったらこんな風に成長したよ」と伝えることで少しでも気持ちが軽くなる方がいてくれたらいいなぁと思ってブログを書いています。

発達の遅れについて調べてる中で1番怖かったのは「娘の未来が見えない」ことでした。

同じような発達状態の2歳がどんな風に成長して、幼稚園や保育園はいけるのか?小学校はどうなるのか?私が調べていた時は同じような発達状態の子供がこんな風に成長していった!ような事例が見つからず、未来の想像が出来ずいろんな一歩を踏み出すのが怖かった時期があります。(今もだけど)

子供の成長は個人差があるため「これをこうやったら絶対に発語するよ!成長するよ!」みたいな記事は書けないのですが、2歳半で無発語だった子がこんな感じで成長していったよ〜のロードマップ的な一例がたくさん増えたら、少しは未来が見えやすくなって手さぐりだったものが見えやすくなる方もいるんじゃないかな?と思いながら書いています。

これからもTwitter(現:X)には大変お世話になるかと思いますので改めてどうぞよろしくお願いいたします。笑




まとめ

とてもとてもしんどかった2歳〜3歳時代・・・。

発語も無く人への興味もなく、話しかけても何も返ってこない娘との生活は、お家の中にいても外出をしても「楽しかった!」で終わることはなく「うん・・まぁこうなるよね・・・」と何処か諦めながら日々を過ごしてました。

しかし、自分からだけではなく医療機関や専門の施設からも遅れを指摘されたことでようやく現実が見えました。

それと同時に今までの自分の育児に対する無知さや娘への向き合い方にいくつもの反省点を見つけることができた時期でもありました。

そしてこの時期から療育やこどもちゃれんじ、SNSや書籍からの情報収集など発達障害や育児に対する考え方をアップデートすることができました。

結果娘の発語や模倣につながり、人や学びに対する興味が生まれ、有難いことに現在は幼稚園のクラスでの集団生活も問題なく、お友達と楽しくおしゃべりしながらご飯を食べたり、お互いにお手紙を書いて送り合うなどのコミュニケーションが取れるまでに成長してくれました。

めちゃくちゃしんどくてもう思い出したくない時期でしたが、この時期が無ければ娘の成長も今ほどではなく私の育児も凝り固まったものになっていたのかもしれないと思います。

新しいチャレンジは少し怖いものですが、あの時自分から一歩踏み出してなかったら今頃は・・と考えてしまう時もあります。




そして2歳後半になった頃、幼稚園の本入園はどうしようかな・・と考える時期が訪れます。

3歳からは夢にまで見た娘との会話や不安と楽しみ半々で迎える幼稚園での生活、そこまでドキドキしなくても済むようになった外出などについても書こうと思っています。^^






それでは、この記事がどなたかの参考になりましたら幸いです。よければ他の記事も見ていただけるとありがたいです。

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